LUNA SEA のドラマーとして活躍してきた 真矢さんが、2026年2月17日18時16分に56歳で逝去したことが2月23日、公式サイトで発表されました。
重厚なビートと圧巻の“空中回転ドラム”で知られた真矢さん。私生活では元モーニング娘。の石黒彩さんと結婚し、3人の子供を育てる父でもありました。
本記事では、公式発表の内容、本名やプロフィール、妻との結婚秘話、子供たちとの家族エピソード、そしてLUNA SEAデビュー秘話まで、その軌跡を振り返ります。
真矢さん逝去|公式発表の内容と死去日時
2026年2月23日、LUNA SEA公式サイトは、真矢さんが2月17日18時16分に永眠したことを公表しました。享年56歳でした。
突然の訃報に、ファンのみならず音楽業界にも大きな衝撃が走りました。長年にわたりLUNA SEAのリズムを支え続けてきた存在であり、その安定感あるドラミングはバンドの屋台骨そのものでした。
妻の石黒彩さんのことばを載せておきます。
真矢さんの本名とプロフィール

真矢さんは芸名として広く知られていますが、本名や経歴についても改めて整理します。ドラマーとしての評価や功績についても見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 山田真矢 |
| 生年月日 | 1970年1月13日 |
| 出身地 | 神奈川県秦野市 |
| 職業 | ドラマー・タレント・実業家 |
| 所属バンド | LUNA SEA |
| 活動期間 | 1989年〜2026年 |
真矢さんの本名は、山田真矢(やまだ しんや)です。
芸名も本名をそのまま使用されていましたが、音楽活動では漢字表記の「真矢」として広く親しまれてきました。シンプルで力強い名前が、ドラマーとしての存在感とも重なりますね。
神奈川県秦野市出身の真矢さんは、幼少期から音楽に親しみ、打楽器への情熱を深めていきました。ドラムに打ち込み、後にLUNA SEAのメンバーとして活躍されました。デビューから約30年以上、日本のロックシーンを支え続けてきた功績は計り知れません。
ロックドラマーとしての特徴は、パワフルでありながら正確無比なビート。派手なフィルインよりも“バンド全体を支える重厚さ”を重視するスタイルは、LUNA SEAのサウンドを確立する重要な要素でした。
ステージ上では豪快な印象を与えながらも、リズムは常に安定。プロからの評価も高く、「ライブでもブレないドラマー」として知られていました。
妻は元モーニング娘。石黒彩|結婚秘話と支え合い

真矢さんは2000年、元モーニング娘。の石黒彩さんと結婚。当時はロック界とアイドル界のビッグカップルとして大きな話題を呼びました。
交際発表から結婚までスピーディーだったこともあり注目を浴びましたが、その後は公私ともに支え合う関係を築いていきます。異なるジャンルで活躍する二人だからこそ、お互いを尊重し合える関係が築けたのかもしれませんね。
闘病生活においても、石黒さんは精神的な支えとなっていたとされ、家族の絆の強さが伝えられてきました。
父としての一面
子供は3人(長女・次女・長男)
真矢さんと石黒彩さんには、長女、次女、長男の3人のお子さんがいらっしゃいます。
長女は2001年生まれ、次女は2004年生まれ、長男は2007年生まれと報じられています。お子さんたちの詳しい情報はプライバシー保護のため公開されていませんが、真矢さんはインタビューで「子どもたちが生きがい」と語っておられました。
多忙な音楽活動の中でも家族との時間を大切にしていたと言われています。
過去のインタビューでは、「子どもたちと過ごす時間が何よりの癒し」と語っており、休日には家族で出かけることも多かったそうです。また、石黒彩さんがSNSで発信する家族の日常からは、温かい家庭の雰囲気が伝わってきます。
ライブでの豪快な姿とは対照的に、家庭では優しい父親だったというエピソードも多く、ファンからは「理想の父親像」として語られることもありました。
仕事と家庭のバランスを大切にする姿勢は、本当に素晴らしいですよね。
LUNA SEAデビュー秘話|結成からブレイクまで

LUNA SEAは1989年に結成。インディーズ時代から独自の世界観と演奏力で注目を集め、1992年にメジャーデビューを果たします。
X JAPANのYOSHIKI氏に見出されたことも大きな転機となりました。
重厚なサウンド、幻想的な世界観、そしてメンバーそれぞれの個性。中でも真矢さんの安定したリズムは、バンドの核でした。
「ROSIER」「TRUE BLUE」などの代表曲でも、そのドラミングは存在感を放っています。
バンド結成のきっかけ(1989年)
LUNA SEAは、1989年に神奈川県で結成されました。
当時、RYUICHIとINORANを中心にバンドが結成され、真矢さんはドラマーとして加入しました。その後、SUGIZOとJも加わり、現在の5人体制が完成しました。それぞれが高い音楽性を持ち、「自分たちの音楽を追求したい」という強い想いで結束したのがLUNA SEAの始まりです。
挑戦する気持ちと仲間との信頼があったからこそ、ここまで続いてこられたんですよね。
インディーズ時代の苦労
メジャーデビュー前のインディーズ時代、LUNA SEAは多くの苦労を経験しました。
ライブハウスでの地道な活動を続けながら、少しずつファンを増やしていきました。資金不足や知名度のなさに苦しみながらも、メンバー全員が「絶対に成功する」という信念を持ち続けました。地道な積み重ねが、後の成功につながったのです。
1992年メジャーデビューとブレイク
1992年、LUNA SEAはついにメジャーデビューを果たしました。
デビューシングル「BELIEVE」がリリースされ、その後の活動で一気にブレイク。1990年代を代表するロックバンドとして、日本の音楽シーンに大きな影響を与えました。真矢さんのドラムプレイは、LUNA SEAのサウンドを支える重要な要素であり、ファンからも絶大な支持を得ていました。努力が報われた瞬間を、メンバー全員で分かち合えたことは、本当に素晴らしいことですよね。
伝説の“空中回転ドラム”とは?

真矢さんを語るうえで欠かせないのが、ライブで披露された“空中回転ドラム”です。
ドラムセットごとステージ上空にせり上がり、さらに回転。上下逆さまの状態でも演奏を続けるという衝撃的なパフォーマンスでした。
単なる演出ではなく、体幹・リズム感・集中力がなければ成立しない高度な技。回転中でもビートが乱れない姿は、まさにプロフェッショナルそのもの。
この演出はLUNA SEAのライブを象徴する名シーンとして、今も語り継がれています。
闘病と音楽への情熱
闘病中の家族の支え
真矢さんは長年病気と闘ってこられたようです。その間、家族の支えが大きな力となっていたのでしょうね。
石黒彩さんは、真矢さんの闘病を支え続け、お子さんたちも父親を励まし続けてきました。家族の絆が、真矢さんにとって最大の支えだったことは間違いありません。
医療の現場で働く私も、患者さんを支えるご家族の存在がどれほど大きいかを日々実感しています。真矢さんご家族の絆の強さには、心から敬意を感じます。
近年は大腸がんや脳腫瘍との闘病も公表されていました。それでも真矢さんは音楽への情熱を失わず、復帰への意欲を見せ続けていました。
最後までステージに立つことを目標にしていた姿勢は、多くのファンに勇気を与えました。
まとめ|真矢さんが残したもの
真矢さんは、LUNA SEAのリズムを支えた唯一無二のドラマーでした。
重厚なビート、伝説の回転ドラム、家族への愛情、そして音楽への情熱。そのすべてが、彼の人生を物語っています。
その音はこれからも、LUNA SEAの楽曲の中で鳴り続けるでしょう。
心よりご冥福をお祈りいたします。A SEAデビュー秘話|結成からメジャーまで
LUNA SEAは、1989年に結成され、1992年にメジャーデビューを果たしました。真矢さんもバンド結成時からのメンバーであり、LUNA SEAの成功に大きく貢献されました。ここでは、結成からメジャーデビューまでの軌跡を振り返ります。
真矢さんの功績と今後も語り継がれる存在
真矢さんは、日本のロック界に多大な功績を残されました。
LUNA SEAのドラマーとして、数々の名曲を世に送り出し、多くのファンに感動を与え続けてきました。また、後進の育成やプロデュース活動を通じて、音楽業界全体にも大きな影響を与えてこられました。真矢さんの音楽とその生き方は、これからも多くの人々の心に残り続けるでしょう。
真矢さんは、音楽を通じて「誠実に生きること」「仲間を大切にすること」「挑戦し続けること」の大切さを教えてくれました。その姿勢は、音楽ファンだけでなく、すべての人にとって大きな励みとなるはずです。
私自身も、真矢さんの生き方から多くのことを学ばせていただきました。医療の現場で働く中で、患者さんに誠実に向き合うこと、小さな努力を積み重ねることの大切さを日々感じていますが、真矢さんの姿勢はまさにそれを体現されていたと思います。
まとめ
真矢さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
【要点まとめ】
・2026年2月17日18時16分に逝去、享年56歳
・本名は山田真矢、神奈川県秦野市出身
・妻は元モーニング娘。の石黒彩さん
・3人のお子さん(長女・次女・長男)がいらっしゃる
・LUNA SEAのドラマーとして1989年から活躍
・1992年にメジャーデビューし、日本のロックシーンを牽引
・家族との絆を大切にし、闘病中も音楽活動を続けた
真矢さんの音楽への情熱と、家族や仲間を大切にする誠実な人柄が、少しでも伝わっていれば嬉しいです。日本のロック界にとってかけがえのない存在だった真矢さんですが、その音楽と生き方は、これからも多くの人々の心に残り続けるでしょう。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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